めくるめく四季の扉を君と

テーマ:かき氷

蒼生
Re:Re:アイスブレイク(リピートリピート・アイスブレイク)

「……暑いね……」

 いよいよ夏本番の足音も間近に迫り、蝉の喧騒が遠くに聞こえ始めた昼下がり。朝のうちはまだ涼しく思える方ではあったが、ベランダに陽が当たり始めてから徐々に室温が上がっていくのを感じていた深水は思わず呟いた。
 暗黙の了解を経てスイッチを入れられた少し古い型の扇風機は、部屋の片隅でマイペースに左右に首を振っている。
 窓は可能な限り開け放した状態だったが、室内の入り込んでくる風が一切ないというのも彼らが暑さを感じる要因となっていた。

「……蝉が鳴き始めたからか、余計にそう感じるな」

 先ほどまで無言で、真剣な面持ちで手元の本に目を落としていた蒲生も同意する。口にしたことで尚更その感覚は強まったが、街を守る仮面ライダーとして、夏場に無理や我慢による体調不良が発生してはいけない。――とはいえ深水の方から口に出してくれて助かった、と蒲生は内心感謝していた。

「エアコンの掃除は済ませてあっただろう。動作確認も兼ねてつけてもいいんじゃないか」
「でも、まだ七月になったばかりだよ」

 これからもっと暑くなることを考えると、凌げるうちは控えた方が良いのではないかと深水は答える。仮面ライダー屋の仕事もそれなりに軌道に乗ってきているとはいえ、創意工夫で乗り切りたいのだと呟いた。
「他に何か簡単に涼めそうなもの――」
 うーん、と悩みながら思案した深水は、少しして「あ、そうだ!」と笑みを浮かべる。

「少し前に、かき氷機をもらったよね」
「……確かに、そんなこともあったな」

 少し、というよりはかなり前のことだったと蒲生は記憶している。依頼人からの季節外れの贈り物を「夏になったら使おうね」と笑顔で棚にしまい込んでいた深水の姿は、確かに記憶に残っていた。
 蒲生が手伝いを申し出るよりも早く深水が準備を終え引っ張り出してきたのは、手動で回すタイプのごく一般的なかき氷機だった。

「なんとなく懐かしい気持ちになるね」
「そうか……?」

 幼少時そういったものを使用した経験があったかどうかは、未だカオスイズムによって改竄された過去以外を知らない蒲生にとっては分かりかねることだった。だが少なくとも、持ち合わせたその記憶の範囲では縁が無いものであったように思える。

「あ……そういえば、かき氷用のシロップの用意がなかったね。あるもので作ってみようと思うけど、蒲生くんは何か希望はある?」
「いや、深水に任せる。俺はそういうのは疎いからな」

 何しろその作り方すら分からないのだ。仮に無茶な要望でも深水の手にかかればこなしてしまいそうなところはあるが、二人分を作るのが前提であれば深水の好みに合わせるのが一番間違いはないだろうと確信していた。

「すぐできると思うから、蒲生くんにはかき氷の方をお願いしてもいいかな」
「ああ、分かった」

 頷いて、蒲生は説明書の通りに組み立てたかき氷機へと冷蔵庫から持ってきた氷を移す。二人分の器のうち片方を設置すると、氷を削る為のハンドルをゆっくりと回転させてみた。

(……なるほど。この状態だと一部分だけに積もっていくから、器を回転させながら縦に盛るのか)

 仕組みを理解すると、蒲生は真剣な顔で丁寧に氷を積み上げていった。徐々に氷の山ができていくのが少し楽しくなってきて、器に乗せられるギリギリまで氷を積み上げてしまったところではっとする。
 台所に目線をやったところ、深水はまだシロップを作るための作業に取り掛かっているらしくこちらの様子を察した素振りはなかった。なんとなくほっとして、ひとつ目の器を退けてふたつ目に取り掛かる。
 ――やや溶けてしまったひとつ目に氷を追加する等の調整を経て山盛りのかき氷がふたつ完成したところで、深水が台所から戻ってきた。
 卓の向かい側に腰を下ろした深水は口を引き結んで何か言いたげな顔をしていたが、耐えきれなかったのか「楽しかった?」と一言尋ねた。

「なっ……俺は別に、」
「ふふ。綺麗に作ってくれて嬉しいよ」

 ここで反論をしても勝てないどころか墓穴を掘るということは、付き合いの中で蒲生も流石に理解し始めた頃合いだった。完成したかき氷を(蒲生本人にそのつもりはないが)睨みつけるように視線を落とすと、深水は先ほど持ってきていた器の中身を見せる。

「ぼくのはチャイをアレンジしたシロップ、蒲生くんのは抹茶をアレンジしたシロップを作ってみたよ」

 地味に二種類も用意している辺り、この短時間の間に深水の方もかなり真剣に取り組んでいたらしい。
 かけられたシロップの水分を吸ったところから溶けて縮んでいったかき氷を眺めながら、差し出されたスプーンで緑色に染まった氷を掬ってみる。口の中に広がる甘さと抹茶の風味、冷たさに蒲生は「……美味いな」と素直な感想を呟いていた。
「わ、本当だ。ひんやりしてるし、暑さも忘れちゃいそう」
 シロップ自体はもう少し合うように改良できそうだけど、と何やら考え始めた深水は不意に思い出したように呟いた。

「そうだ、蒲生くんの味のも食べてみていい?」
「ん? ああ」

 元より、深水が作ったものである。作っている最中の味見と実際にかき氷にかけた際の印象は変わるものもあるだろう。
 断る理由はないと納得した蒲生が一口分の氷を掬ったスプーンを差し出すと、深水は「ありがとう」と微笑む。そのまま差し出されたスプーンを口に含んだ。

「……あ」

 先に事態に気付いたのは蒲生の方だった。
 まだ味わっているのかスプーンの先を咥えたままの深水から目を逸らすことも手を引くこともできず、ただ耳の辺りが熱くなっていくのを感じている。
 そんな蒲生を見てやや上目遣い気味に「どうしたの?」とでも言いたげに頭上にクエスチョンマークを浮かべた深水も、スプーンから口を離した直後急に「気付いて」しまったらしい。

「……あれっ?」

 日頃はある意味冷静に、穏やかに微笑んでいることの多い深水が片手で口元を押さえ、目を忙しなくきょろきょろと彷徨わせながら顔を赤くしていた。
 無言のふたりの間で、暑さに曝されたかき氷はそれとは無関係に解けていく。
 きっと暑さのせいで互いに判断が鈍ったのだ。やはり冷房をつけるべきだった、しかしそれとかき氷作り――ましてやこの味見の話は完全に別問題で、――。

 互いの間で際限なく上がっていく温度を押し留めるように、「何もなかった」「気にしていない」とでも言うように自身のかき氷をスプーンで掬うと、蒲生は再び食べ始めた。
 やや勢いづいたそれに促されるように深水も自分のスプーンで氷を口へと運び、その冷たさもあって少しだけ冷静になってくる。
 少しして口を開いた深水が、何事もなかったように装いながら呟いた。

「……シロップ、今度はもうちょっと美味しくできると思うから」

 また作ろうね。
 そう言って蒲生に向けられた笑顔は、普段通りのものだった。蒲生の側にはそれが普段以上に眩しく映って、――窓からの陽射しのせいだ、と言い訳をする。
 もう既に言い訳が効かないほどの自覚が実を結ぶまでは、まだ時間がかかりそうだった。

 これ以降多種多様な味のかき氷シロップ作りに凝り始めた深水のため、夏の終わりまでかき氷機が活躍し続けたというのはまた別の話。